春樹元年 〜日経MJと教育をベースに雑多なブログ〜

日経MJと村上春樹のファンです。ブログ名は村上「春樹」ともうすぐ年号が変わるので「元年」をくっつけました。東京都で小学校教師をやっています。「ファンタジスタ(規格外な閃きや創造性で、あらゆる人を魅了する)」な実践を積み上げ、ファンタジスタな教師になることを目標としていました。ただ、今はブログにも夢中です。頭に浮かんだ閃きを整理するために書きます。※本ブログに記載してある内容は個人の意見です。

プログラミング教育とは?

昨今、様々な意見が交わされるプログラミングですが、学校教育でのプログラミング推進について、僕は基本的に「賛成」です。

 

ただ、プログラミングに賛成であって、プログラミング「教育」には反対です。何言ってるんだコイツ、と思わるかもしれませんが、まぁそれはどこかの機会にお伝えしたいと思います。

 

プログラミング最先端の東京都小金井市立前原小学校の教壇に立って感じたことー。これから率直に述べたいと思います。

 

 

 

単刀直入にいうと、

 

 

 

「プログラミングとはコンピューターとの『対話』である」

 

 

 

これが今の私が考える、プログラミングを学校で学ぶ意味です。

 

よくプログラミング教育の授業を参観すると、授業の導入に「命令ゲーム」を行うのです。

 

そして、授業は本題に続きます。そのとき先程の「命令ゲーム」は本題にこう生かされます。また板書されます。

 

「プログラミング=命令」

 

そう、プログラミングとは「命令」することなんだよ、と子どもたちに伝えられます。だから、上手に命令しないとコンピューターは動いてくれないよ、上手に命令すればコンピューターを思った通りに動いてくれるね、つまりプログラミングとは上手に命令することなんだね、プログラミングを日常生活に生かしてみよう、あのヒトに対して上手に命令してみようかー。

 

大げさな表現ですが、「プログラミング=命令」というのはよ〜く聞かれることです。(命令ではなく指示にしてもまぁ意味は同じこと)

 

プログラミングに対して、何も知らなかった自分もかつてはこう思っていました。しかし、実際に授業の中でコンピューターに色々触れてみて、プログラミングもやってみて、「ただの命令で終わっていいのか?」という疑問が残りました。

 

ちなみに、学校教育のICTなんて基本は、小さなものを大きくする「ビュワー機能」か、あとはせいぜい「ネットサーフィン」程度しか使われません。

 

コンピューターは、テクノロジーは、それだけでよいのか?

 

違う、一歩学校の外に出れば、テクノロジーは私たちの暮らし、イメージ、行動をなんともダイナミックに変えてくれます。ビュワー機能やネットサーフィンなんて、はっきり言って、テクノロジーの最も低次元に位置づけられるんじゃないかと思えるほどです。

 

コンピューターは、テクノロジーは、本当に、本当に、奥が深い…、そして面白い…!

 

そのコンピューターと、もっともっと仲よくなれる「ツール」、いや「言葉」!

それがプログラミングなんだと思います!

 

友だちと仲よくなるためには、よほど相手がドMでなければ「命令」だけでは仲よくなれませんよね?

 

やはり相手の話をよく聴き、自分の想いもよく語る「対話」でなければ。

 

 

少しメルヘンな話になります。(モデルはEV3)

 

「コンピューターさん、前に3m進んでください」

「ゴメンネ、コノプログラムデハ、2mシカススメナイヨ」

「そっか、じゃあこのプログラムならどう?」

「OK! コノプログラムナラ3mススメルヨ!」

「キミはすぐ行動してくれて本当にありがたいよ〜、ウソもつかないし」

「デモ、ヒトトオナジク、ボクダッテ、カンキョウ二サユウサレチャウヨ」

「そっか、凸凹道や坂道では、キミだっていつもどおり進めないんだね」

「アトハ、デンチガナクナッチャウトウゴケナイ」

「人間だって栄養が足りないと動けないよ」

「ナガネンウゴイテイルト、ゲンキモナクナル」

「人間だって寿命ってあるもんな〜」

 

 

メルヘンな話に付き合ってくれてありがとうございます。

 

別にヒト型の「ペッパーくん」じゃなくても、何となくあなたの周りのコンピューターが愛しくなってきたのはないでしょうか?w

 

今後、どんな社会になるかわからないけど、コンピューターやテクノロジーとの「共生」という社会はなかなか可能性があると思います。

 

グローバル化が進んで、外国語の大切さが問われるように、コンピューターとの共生のためにプログラミングを学ぶことは決して悪いことじゃないと思います。

 

コンピューターに支配されることではなく、コンピューターを支配することでもなく、コンピューターと共に生きていくためにプログラミングを学ぶ。前原のようにそれが学べる環境にあるなら、ぜひやってみたい!

 

 

確認します。

 

①プログラミングは「命令」じゃない。コンピューターとの「対話」である。

 

②それはコンピューターと仲よくなるための「言葉」である。

 

③学校での導入で子どもたちに伝えるには「コンピューターと仲よくなろう!」とか「コンピューターと友だちになろう!」でいいと思う。ちなみに誰かと仲よくなるために必要なことは「スキル」ですか? いいえ「マインド」ですよね。他にも理由はあるけど、コンピューターと仲よくなるための時間なのに「教育」なんて余計な言葉は不要!! もっと柔らかい気持ちでのびのびとコンピューターと触れ合おう!!

 

 

自分のやっていることが、最先端なのか、回り道なのかは全然わかりません。

 

でも、今、自分は確かに楽しいです。

 

学校でのプログラミングについて少しでも考えられたこと、それだけでも東京に来た甲斐があったと胸を張って思います!