春樹元年 〜日経MJと教育をベースに雑多なブログ〜

日経MJと村上春樹のファンです。ブログ名は村上「春樹」ともうすぐ年号が変わるので「元年」をくっつけました。東京都で小学校教師をやっています。「ファンタジスタ(規格外な閃きや創造性で、あらゆる人を魅了する)」な実践を積み上げ、ファンタジスタな教師になることを目標としていました。ただ、今はブログにも夢中です。頭に浮かんだ閃きを整理するために書きます。※本ブログに記載してある内容は個人の意見です。

先生と言われることの「畏れ」

正直に言いなさい。

「自分の名前をネットで検索しちゃったことがある人!?」

「はいっ!!」

「俺!!!」

僕はあります。でも、あなたもきっとあるでしょう?笑

ちなみに僕の名前「石井康友」で検索すると、プロゴルファーや、熱い警察官さんが出てきました。まぁ、我ながら「康友」は珍しいので、同姓同名がいるのは嬉しいことなのですが。

といっても、僕自身がヒットすることはありません。まぁ、当たり前です。全然有名じゃないし。どこかの大統領は魚の餌やり程度で、ニュースになりましたが、僕がクラスのメダカに餌やりをしたって、誰も気に留めません。

はぁー………(いや、別に有名になりたいわけじゃないんだけどね)

でも、今日の給食でね。

ある子が「石井先生をネットで検索したら、出てきたよ!」と言ってくれました。

でも、以前から検索結果を知っている僕は、「えー、どうせ同姓同名の他人でしょ!?」と言いました。

でもでも、その子は「違うよ! 石井先生だよ! 先生のお尻が写ってた!笑」と言いました。

「ふーん、そうなんだ。石井康友って検索したんでしょ?」

「うん! 石井康友先生って検索したの!」

あ……

そっか…その子にとって俺は「先生」なんだ…

ただの習慣なのかもしれない。呼び方だけなのかもしれない。でも、俺はその子にとっては検索の中でも呼び捨てにされない「先生」なんだ。

正直、自分のことをいい人間、いい先生なんて思っていない。でも、なのか、だからこそ、なのか、その子とのやり取りがすごく嬉しくて、グッときた。

先生であることの「畏れ」、それと同時に「誇り」。その2つの大切なことを再認識することができた。

僕のメダカの餌やりなんて、世の中に大した価値はない。

でも、これからも笑顔で餌やりをしたくなった。

がんばろう!