春樹元年 〜日経MJと教育をベースに雑多なブログ〜

日経MJと村上春樹のファンです。ブログ名は村上「春樹」ともうすぐ年号が変わるので「元年」をくっつけました。東京都で小学校教師をやっています。「ファンタジスタ(規格外な閃きや創造性で、あらゆる人を魅了する)」な実践を積み上げ、ファンタジスタな教師になることを目標としていました。ただ、今はブログにも夢中です。頭に浮かんだ閃きを整理するために書きます。※本ブログに記載してある内容は個人の意見です。

支援級の子どもたちの一番の理解者…

I think…

学校において、支援級の子どもたちの一番の理解者…

それは、「支援級の子どもたち」なんだって。

残念ながら、「支援級の先生たち」ではないんだな。

「支援級の子どもたち」ー。
なんであの子たちは、あんなにゆっくり行動する子を「〇〇ちゃん、まだスイッチが入ってないね!」と待っていられるんだろう?
なんであの子たちは、突然大声を出す子がいても当たり前のように笑ってあげられるんだろう?

僕なんて、自分に余裕がないときは「もっと早く行動してくれよ!」とイライラしちゃうし、「この場面で大声はやめてくれ!」と渋い顔をしてしまう。

支援級の子どもたちとは、寛容のレベルがまるで違う。

悔しいー。というより、恥ずかしい。

確かに支援級は通常級と比べると、活動自体のダイナミックさはない。できる活動の幅も少ない。
嫌な表現だが、通常級に劣るところは多々ある。

しかし、支援級だからこそ優れているところは多々ある。
その一つが、障害者への理解度であり、それはつまり「違いを受け入れる能力」なんだと思う。

「自分と他人は違うんだー」
「でも同じところもあるんだー」

もしかしたら、今支援級の子どもたちは、通常級の子どもたちには一生味わえない貴重な経験をしているのかもしれない。

でも、じゃあ通常級の子どもたちは障害者の理解ができないのかー。

それは違う。

今年度、僕は支援級の担任になって、彼らを受け入れることが少しずつできるようになった。
そして、「違いを受け入れる能力」も以前より格段と上がったと思う。
子どもたちならもっと遥かに受け入れるだろう。

つまり、環境が大切なんだ。

「フルインクルージョンー」
障害の有無に関係なく、みんなが「同じ場」で学び合うこと。

理想かな? でも価値はすごくある。

そして、憎たらしい言い方だが、今の自分の力なら「フルインクルージョンな学級経営」(学校経営にするにはまだまだ力が足りない…)には十分できると思う。自信もあるし、既に計画もある。

支援級は大切だ。と同時にフルインクルージョンの価値も大切だ。そんな葛藤を抱えながら過ごしてきた支援級一年目の半年間。

葛藤は大切。
大きな理想も大切。
でも、忘れるな。教師にとって一番大切なのは、まずは目の前の子どもたちを幸せにすることなんだ。
一昨年の失敗からそれは十分に学んでいる。
ミクロとマクロのバランスを大切にしていこう