春樹元年 〜日経MJと教育をベースに雑多なブログ〜

日経MJと村上春樹のファンです。ブログ名は村上「春樹」ともうすぐ年号が変わるので「元年」をくっつけました。東京都で小学校教師をやっています。「ファンタジスタ(規格外な閃きや創造性で、あらゆる人を魅了する)」な実践を積み上げ、ファンタジスタな教師になることを目標としていました。ただ、今はブログにも夢中です。頭に浮かんだ閃きを整理するために書きます。※本ブログに記載してある内容は個人の意見です。

みんな、もっともっと「分解」しよう!

子どもにプログラミング教育をさせるなら、

①「いいですか。マイクロビットで遊んでみなさい。」

②「いいですか。マイクロビットでプログラムを作ってみなさい。」

③「いいですか。マイクロビットを分解してみなさい。」

①は、使うこと。ユーザーの視点。

②は、作ること。デザイナーの視点。

③は、分解すること。クラッシャーの視点。

 

さて、どれが1番知的な発見があると思いますか?

 

この強引な文脈からお解りですね。

③の分解、クラッシャーじゃあ〜!笑

 

先日の掃除中、ボロボロになった黒板消しを「分解していいですか?」と尋ねる子がいました。(もちろん、代わりに事務室から新品の黒板消しを持ってきてくれましたが)

その黒板消しくんのパフォーマンスはだいぶ下がっていましたので、僕は「いいよ」と言いました。

「やった〜!」と楽しそうに分解するその子です。

そして、「黒板消しって、こんな感じになっていたんだ!」と、新たな発見をします。

これって、すごくいい学びだなぁ〜と思いました。

 

そっか、最近「表現」とか「デザイン」とか「プログラミング」とか、そういう言葉を先入観で解釈して、「子どもの学びとは何かを作り出すこと」ばかりに頭がいっぱいでした。

でも、そうじゃない。

分解すること、ぶっ壊すことは、仕組みがわかるし、普段見えないものが見えるし、未知な世界へのワクワク感があることがわかりました。

そういえば、発達障碍傾向ある子って、作るのもうまいけど、やたらプリントをビリビリ破いたりと、分解するのもうまいよな〜。関係あるのかないのか。

マイクラだって、実際にやってみると、子どもたちは作るのも好きだけど、ブロックを壊していくのも好きなんだな〜とわかります。

ここ最近のプログラミング関係の塾って、「作る」のに特化し過ぎなんじゃないかなって思う。予算で買った大事なマシーンだけど、もっと分解させても面白いのではないでしょうか。ぶっ壊したらもう直せないけど、分解するだけならまたドライバー持って直せばいいだけですしね。僕は生理的に無理だけど、生物の解剖もそれなりの価値があったのかな〜なんて、ちょっと思います。

 

以上、この発想を用いれば、来たるICTへ不安のある先生の悩みも解消です。

A「◯◯先生、今度から1人1台このICT端末を使って授業してください。」

B「どうしよう! 僕、全然わからないよ!」

C「大丈夫! わからないときは子どもたちにその端末を分解させるんだ! 準備はドライバーだけでいいよ! 他のクラスの誰よりも最新機械の仕組みが学べるぞ!」

B「そっか! それなら簡単ですね!」

例のように、もし、上からの命令で不本意な端末を強制的に使うハメになったら、遠慮なくぶっ壊してあげましょう。

 

もちろん、ジョークです。

 

でも、あの落合陽一さんも幼少期から分解が好きだったそうですし、我々教育者も「分解する」というキーワードは持っておくといいかもしれませんね!