春樹元年 〜日経MJと教育をベースに雑多なブログ〜

日経MJと村上春樹のファンです。ブログ名は村上「春樹」ともうすぐ年号が変わるので「元年」をくっつけました。東京都で小学校教師をやっています。「ファンタジスタ(規格外な閃きや創造性で、あらゆる人を魅了する)」な実践を積み上げ、ファンタジスタな教師になることを目標としていました。ただ、今はブログにも夢中です。頭に浮かんだ閃きを整理するために書きます。※本ブログに記載してある内容は個人の意見です。

知らず知らず消えていく

理科やった「ふりこの実験」っす。

理科の実験というのは、ほっといてもオリジナル実験が生まれる場ですね笑

というのも、「こうやりなさい!」という実験を子どもたちはだんだん飽きてきて、適当なことをやるわけですな。

ふりこの場合はというと、ブランブランしている重りにジャブをくらわせるわけです。

実験でもないでもないけどね!笑

さて、ある子はさっそくパンチングポールみたいにふりこの重りにジャブをしていまする。

「何してるの?」と僕は聞きます。

「家の蛍光灯でもこんな感じで遊んでる!」とその子は答えます。

なるほど!
その経験、僕にもあります!

ブランブランしている蛍光灯のスイッチの紐をただパンチするだけ。
そんな暇つぶしをみなさんもやったことないでしょうか??

いやぁー懐かしいことを思い出したなーと感心して、今日家に帰って久々やってみっかーと思っていたら…

「あれ! 今の家に蛍光灯の紐がないぜよ!」となりました。

そうです。最近の家の蛍光灯って、「リモコン」じゃないですか??

リモコンですと、わざわざ紐のところまでいかなくていいので、ラクです。寝ながら電気のオンオフできます。インフルエンザになったときもお世話になりました。

しかし、あのパンチの練習はできません。虚しいシャドーボクシングになっちゃいます。

しかも、僕もまだようわからんのですが、最新の蛍光灯って、「OK、Google、電気つけて!」でできちゃうのでしょうか??

末恐ろしい時代です。

ただ今回一番思ったのが、「テクノロジーの進化は早い、しかし、進化はあまりにも自然で、気付かぬまま変わるのか?」ということでした。

家に蛍光灯の紐がなくなって、リモコン式の蛍光灯が入ったとき、僕は「ふーん、こんな蛍光灯もあるんだね」と、クールに思っていただけでした。

でもその「ふーん」を何回か繰り返しているうちに、モノはどんどん変わっていくのです。もっとダークな言い方をすれば、「ふーん」と言っているうちに、「確実に何かは失われていく」のです。

新幹線でボーとしていたら、いつの間に京都だった感覚です。

「灼眼のシャナ」というライトノベルで、人間の存在が知らず知らず消えていく、という設定がありますが、まさしくそんな感じです。

悲しむ暇というか、そもそも存在さえも思い出せぬまま世の中は変わっていく。

すごいなぁ。